牧師ブログ

「クリスマスの光と闇」

1そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(ルカによる福音書2:1-7)

ユダヤを覆っていた暗闇

クリスマスになると、教会ではキャンドルの火の中で礼拝が捧げられ、街はイルミネーションで彩られます。
クリスマスというと「光」のイメージがありますが、光が輝くことができるのは、そこに暗闇が存在しているからです。
暗闇の中に光がある時に、光はより輝いて見えます。

実は、光り輝くクリスマスの裏には、闇があります。
聖書が伝えているクリスマスの物語(キリストの誕生)は「暗闇」の中で起こった出来事なのです。

キリストが生まれた2000年前のユダヤは、真っ暗闇の世界でした。
キリストの母マリアがまだお腹に子供を宿していた時、ユダヤを支配していたローマ皇帝は、全住民に対して住民登録をするように命じました。
戸籍を整理して、民衆から税金を徴収するためだったと言われています。

この住民登録は「自分の町」で行われなければならず、マリアは婚約中の夫ヨセフと共に、今いるナザレから直線距離で100km以上も離れているベツレヘムという町まで行き、そこで住民登録を行わなければなりませんでした。

イスラエル地方は砂漠地帯なので、妊娠中の女性がそれだけの距離を移動するのは、マリアとお腹の中にいる子供の命に関わるとても危険なことでした。

二人がちょうどベツレヘムに滞在している時に、マリアは産気づきました。
その時は住民登録のために、他にも多くの人々がベツレヘムにやってきていたため、泊まることのできる場所が見つかりませんでした。
結局、二人が辿り着いたのは、家畜小屋でした。
マリアは家畜小屋で子供を産み、生まれてきた我が子を飼い葉桶に寝かせました。

これが聖書が伝えるキリストの誕生シーンであり、クリスマスの物語です。
この物語の中にはクリスマスからイメージするロマンティックさもあたたかさも一切ありません。
二人が置かれていたのは、まさに「暗闇の世界」でした。

暗闇の正体

二人を襲ったこの暗闇は、どこから来たものでしょうか?
この暗さの正体は、一体なんでしょうか?

当時のユダヤ社会を覆っていた暗闇は、人間が権力と結びついたことによってもたらされたものでした。
ユダヤを支配していたローマは、圧倒的な力を誇り、地中海世界一帯を支配していました。
破壊と殺戮を繰り返し、領土を拡大していたローマに支配された国々は、必然的に暗闇の世界になるしかありませんでした。

この世界に暗闇を生み出す大きな原因の一つは、権力を誤って用いてしまう人間にあります。
この世界の歴史を見れば、権力と結びついた人間が、どれだけ多くの暗闇を生み出してきたのかがよくわかると思います。

これは国家という大きな単位だけに限ったものではなく、家庭や学校、職場でもそうです。
親が子供に対して、先生が生徒に、上司が部下に対して、不当に権力を振りかざすならば、虐待やハラスメントが起こり、そこには暗闇の世界が生まれてしまうのです。

この世界の暗闇はすべて、人間が作り出しています。
社会を暗くしているのは「自分さえよければそれでいい」という価値観に染まった私たち人間なのです。

暗闇の世界の歴史

なぜ人間は暗闇を生み出してしまうのでしょうか?
聖書はこの世界に暗闇が広がっていったのは、人間が神様を見失ってしまったからだと教えています。

創世記のはじめにある天地創造の物語は、神様が混沌とした暗闇の世界に、秩序を与えていったことを伝えています。
創造物語が伝えているのは、神様が暗闇の世界を光の世界へと変えたということです。

しかし、光の世界は再び暗闇の世界へと逆戻りしてしまいます。
アダムとエバの二人は、神様と共に生きる道ではなく、神様から独立して、自分たちなりに生きる道を選択しました。
つまり、自分たちの世界、人生から創造主である神様を追い出したのです。

自分なりに生き始めた人間は、お互いを攻撃し合い、否定し合うようになっていきました。
人々は争い合い、支配し合う関係へと変わってしまったのです。

この世界から神様を追い出し、神様を見失った世界からは光が消え、再び暗闇の世界になっていきました。
このように、暗闇を作り出しているのは、この世界から神様を追い出してしまった私たち人間です。
これが、聖書が言う人間の罪です。

暗闇から光の世界へ

しかし、神様は人間の罪によって暗闇に覆われた世界に、再び光を与えました。
それが、クリスマスの物語であるキリストの誕生です。

父なる神様は独り子イエスを、2000年前のユダヤという暗闇の世界に送り込みました。
キリストはローマという国家権力に苦しむユダヤで、また、家畜小屋という薄暗く不衛生な場所で生まれました。
暗闇の世界で生きる私たちのもとに、神様が来てくださったのが、クリスマスの物語です。
キリストが暗闇の世界に来てくださったということは、神様は今、暗闇の中で必死に生きている私たちと共にいてくださるということです。

光は暗闇の中で輝いている。(ヨハネによる福音書1:5)

ヨハネはこの言葉を、創世記の創造物語に重ね合わせて書いています。
神様は混沌とした暗闇の世界に「光あれ」と言い、光の世界を作り、この世界に秩序を与えていきました。
そのように、神様は暗闇の世界に再び秩序を与えるため、光の世界に帰るために、2000年前に、イエスという光を送りました。
キリストは暗闇の世界に光としてやってきたのです。
それは、暗闇を作り出している人間が、再び光の世界で生きるようになるためです。

もちろん、人間が作り出す暗闇の世界は、この世に人間が存在し続ける限り、この後も続いていきます。
しかし、キリストの誕生によって、私たちが生きる世界は、単なる暗闇の世界ではなくなりました。
私たちが生きているのは、光であるキリストが共にいる世界です。
キリストの誕生は、この世界が暗闇のまま終わることがないという希望のしるしです。

光であるキリスト共に生きる時、私たちの人生が暗闇から次第に光の世界へと変えられていくのです。

メリークリスマス!