キリストの誕生を描いた絵画と言えば、飼い葉桶に寝かされたイエスを両親が見つめているあたたかいイメージを思い浮かべるかもしれませんが、実際にあの場面に立たされた側からしたら、とても悲劇的なシーンだったとも言えるのです。
クリスマスの主人公であるイエスキリストがこの地に誕生した時、実は向かい風100mくらいの凄まじい逆風が吹いていました。
それをもたらしたのが、当時、地中海世界を手中に治めていたローマ帝国です。
マリアが妊娠後期の時に、ローマ皇帝アウグストゥスは支配下にある全領土に対して、住民登録をするように命じました。
その主な目的は、民衆から税金を徴収するためでした。
住民登録をするためには、わざわざ自分の町へと出向かなければなりませんでした。
この時マリアはヨセフと婚約中だったため、ヨセフの地元であるベツレヘムという町で登録することが求められました。
マリアとヨセフはナザレというイスラエル北部にある片田舎で暮らしていましたが、そこかあら南部にあるベツレヘムまで行かなければなりません。
ナザレからベツレヘムまでは、100km以上も離れています。
妊娠後期の女性がそれだけの距離を移動することは、とても過酷で胎児の命にも関わることでした。
しかし、絶対的な力を持つローマ皇帝の命令に当然逆らうことはできません。
マリアは妊娠中の身でありながら、夫と共にベツレヘムへ向かうことになります。
ところが、二人がちょうどベツレヘムにいる時に、マリアは産気づいてしまったのです。
住み慣れた場所から遠く離れた見ず知らずの町で、マリアは初めての出産を迎えなければなりませんでした。
二人はお産をさせてもらえる場所を必死に探しましたが、誰も取り合ってくれませんでした。
安全にお産ができる場所を確保することができず、結局、家畜小屋の中で出産することを決意します。
そこしか場所がなかったのです。
そして、生まれてきた幼子は家畜小屋の飼い葉桶に寝かされます。
権力者の絶対的な力に翻弄されるヨセフとマリア、
妊婦という立場を誰も理解してくれないやるせなさでいっぱいのヨセフとマリア、
初めてのお産を見知らぬ町で、しかも家畜小屋で迎えなければいけない恐怖に包まれるヨセフとマリア、
これが、キリストの誕生にあたって聖書が伝えている真実です。
そこからは美しさやあたたかさなどは微塵も感じられません。
家畜小屋の中に追いやられた二人は無力感、理不尽さ、恐怖心でいっぱいだったのです。
(続く…)