牧師ブログ

「こんなことになったのは誰のせいか?」

1さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。
2弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」
3イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。
4わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。
5わたしは、世にいる間、世の光である。」
6こう言ってから、イエスは地面に唾をし、唾で土をこねてその人の目にお塗りになった。
7そして、「シロアム――『遣わされた者』という意味――の池に行って洗いなさい」と言われた。そこで、彼は行って洗い、目が見えるようになって、帰って来た。
(ヨハネによる福音書9:1-7)

因果応報の世界

今読んだところは、生まれつき目の見えない人がキリストに出会い、目が見えるようになるという奇跡を描いています。
当時のユダヤでは、体に障害のある人は物乞いとして生きていくしかありませんでした。
仕事に就くこともできないので、毎日、家族によって人通りの多いところに連れて行かれ、そこで物乞いをしながら過ごすことが生きていくための唯一の道でした。

その日、生まれつき目の見えない人は、いつものように道端で物乞いをしていると、そこにキリストと弟子たちが通りかかりました。
弟子たちは、目の見えない人を見て、キリストにこう質問しました。
「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか。」

弟子たちは、目が見えない人を見た時に、なぜその日が目が見えないで生まれたのか、その原因が気になりました。
誰の罪が原因でこんなことになったのかを聞いたのです。

当時のユダヤでは、体が不自由であることは、罪の結果だと考えられていました。
これは、因果応報の考えです。

因果応報の考えは、決して2000年前のユダヤに限ったものではありません。
自分を降りかかる苦しみや誰かの不幸について、また、この世の災禍について、私たちは問いかけることがあります。

「なぜ自分がこんな苦しみに遭わなければならないのか?」
「なぜこんな悲惨なことが起こるのか?」
「こんなことになったのは誰のせいなのか?」

このように原因や犯人を突き止めようとします。
悪いことが起こった時に「罰が当たった」とか「天罰が下った」と考えるのも、因果応報の考えからくるものです。

生まれつき目の見えなかった人は、それだけでも大きな苦しみだったと思いますが、それに加えて、周りの人から目が見えない原因について「お前が悪い」とか「お前の親が悪い」とか、散々いろんなことを言われてきたのだと思います。
彼は生まれてきた時から「罪の中に生まれた者」というレッテルを貼られて生きてきたのです。

ただ、そうやって目が見えない原因を突き止めることは、彼にとってどんな意味があったのでしょうか?
誰のせいであるのかが判明したとしても、目が見えない苦しみが和らぐわけではないでしょう。

「なぜ」ではなく「何のために」

それでは、キリストが弟子たちから目が見えない原因を尋ねられた時、そのことをどう考えていたでしょうか?

イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」(3節)

キリストは目が見えないことについて、それは罪の結果として起こったことではないと言いました。
そうではなく「神の業がこの人に現れるためだ」と。

「なぜ」と問うことは、過去に目を向けることです。
原因や犯人を突き止めることは、過去を分析することです。

それに対して、キリストは「なぜ」ではなく「何のために」という視点で見ていました。
「神の業が現れるため」というのは、未来に目を向けることです。

このように、キリスト教というのは未来志向です。
過去を振り返り、過去を受け入れることを大切にしつつも、それ以上に、今とこれからの未来をもっと大切に考えるのがキリスト教です。

今日の聖書の言葉を通して、自分の人生について問い直すことができたというある盲目の牧師のエピソードを紹介します。
青木勝さんという方は、もともと医者になるために医学部で学んでいました。
ところが、医者になる直前の研修中に突然、失明してしまったそうです。

この時、青木先生は三つの苦難を経験したと語っておられます。
1つは、不自由な暗い生活を送らなければならないという肉体的苦痛。
また、医者になることを諦めなければならないという精神的苦痛。
そして、社会的に能力を失ってしまったという絶望という苦痛です。

ただ、幸いにもその時青木先生は、教会に通っていたそうで、教会の牧師を通して、病床で聖書の言葉を聞くことができました。
その時に聞いて衝撃を受けたという言葉が、今日の聖書箇所だそうです。
「神の業が現れるため」という言葉を聞いて、青木先生は「このような私も、神の業が現れるための存在であるのか。それならば生きていける。」という決心を与えられたそうです。

失明した時には「自分はもうダメな人間になってしまった」と思っていたそうですが、キリストの言葉によって「もう一度、生きる意味を問い直そう」と決心したそうです。
この時から、青木先生は神の業が現れるための人生を生き始めました。

暗闇に差し込んだ光

それでは、生まれつき目の見えない人には、どのようにして神の業が現れたのでしょうか?
キリストはその後、唾で土をこねて、彼の目に塗りました。
そして「シロアムの池に行って、洗いなさい」と言われました。
言われた通り、シロアムの池で目についた泥を洗い落とすと、彼は目が見えるようになりました。

このようにして、生まれつき目の見えない人は、キリストに出会い、キリストによって癒されました。
聖書にはこのように、目が見えなかったり歩けなかったりした人が、キリストによって癒されるという奇跡の話がよく出てきますが、こういう出来事は、体に障害がない人には関係のない話なのでしょうか?
癒しの奇跡の出来事は、今の私たちにどんな意味があるのでしょうか?

当時の人々は「目」のことを「窓」のように考えていたようです。
目は体にとっての窓であり、もし目が閉ざされていれば、どんなに外が明るくても、その人は暗闇の中を生きることになります。
もし、生まれつき目が見えなかったとすれば、生まれた時点で、一生、暗闇の中を生きていかなければならないということになります。

ただ、暗闇というのは、目が見えている人々の人生にも襲ってきます。
重い病気になったり、いじめられたり、もしかしたら、今まさに暗闇の中を生きているという方もおられるかもしれません。

そのような苦しみや痛みは、私たちの人生を暗闇に追いやりますが、もう一つ、私たちを襲う暗闇があります。
それは、神様に対して、私たちの目が閉ざされていることです。

5節を見ると、キリストは「わたしは、世にいる間、世の光である」と言っています。
また、ヨハネによる福音書の12:46では「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た。」と言っています。

もし、光であるキリストに対して目が閉ざされているならば、暗闇の中を生きることになりますが、そうならないように、光としてこの世に来たのがイエス・キリストです。
キリストはすでに私たちのもとに来てくださいました。

生まれつき目の見えない人が見た光には、2つの光がありました。
1つは、物理的な太陽の光、そして、もう1つは、キリストという光です。
彼に現れた業とは、まさにこのことです。
見えなかった目が開かれただけではなく、見えなかった神様を見ることができるようになったのです。
この時から、神様と共に生きる新しい人生が始まりました。
これこそ、彼に現れた神の業です。

すべてを差し出したキリスト

青木先生について、もう1つのエピソードがあります。
先生は、牧師から聖書の言葉を聞きながらもこう思ったそうです。
「本当に神様が愛してくれているなら、その証拠を見せてほしい。この目を見えるようにして、医者として立たせてほしい」

青木先生が入院中に、母親が毎日病室を訪ねて、身の回りの世話をしてくれました。
その時に、母親が泣きながら病床の青木先生に言った言葉がありました。

「あなたがわがままを言ったから、それが辛くて、泣いているのではないのよ。今まで、新聞でも何でも、自由に読んでいたあなたの、その不自由さを思うと辛くてね。できるなら、私の両方の目をあなたにあげたい。それで、あなたが見えるようになって、医者になれるなら、私は一生、どこにも行けずに座ったままでいても、幸せなのに。」

この言葉は青木先生の心に深く突き刺さりました。
自分のために「私の目をあげたい」と言って泣く母親の愛に心を打たれたのです。
その時に青木先生はこう思ったそうです。

「イエス様は、両方の目だけでなく、手も足も命までも、自分に差し出してくださったのだ」

このことが本当によくわかったそうです。
心の目が開け、キリストを見ることができたのです。
視力を失った青木先生が、心の目でキリストを見ることができた時、暗闇の中に、まことの光が差し込みました。

その後、青木先生は洗礼を受け、肉体の病を癒す医者ではなく、魂を癒す牧師としての道を歩んで行かれたのです。

神の業が現れるために

神様は今も、暗闇の中にいる人々の目が開かれて、神様と共に生き始めることができるように、神の業が現れるために働いています。
ただ、神様は神の業を現すために、共に働く人を求めておられます。

「わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。だれも働くことのできない夜が来る。
5わたしは、世にいる間、世の光である。」(4-5節)

ここでキリストは「わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。」と言っています。
つまり、神の業を行うのは「わたしたち」だということです。
この場面でわたしたちというのは、直接的には、側にいた弟子たちのことを指していますが、キリストは「神の業を現すために、私と一緒に働いてくれないか?」と私たちに言っておられるのです。

そのように、神の業を現すために働いた、有名な盲人の詩人がいました。
19世紀前半、アメリカで生まれたファニー・クロスビーという女性で、彼女は9000曲以上の賛美歌の作詞を手掛けました。

ファニーは生まれてすぐに目の病気にかかってしまい、手術を受けましたが、医者のミスによって失明してしまいました。
それからまもなく、彼女の父親が倒れ、亡くなってしまいました。

母親は仕事のために、ファニーを祖母に預けましたが、祖母は敬虔なクリスチャンであったため、孫のファニーに聖書を教え、日曜日には必ず教会に行きました。

大人になって洗礼を受けましたが、ファニーにもう一つの試練が襲いかかりました。
同じ盲人の男性と結婚して、次の年に娘が生まれましたが、その子が幼くして亡くなってしまいました。
その時にも彼女は、苦しみの中に賛美歌の歌詞を書き続けました。

視力を失い、娘を失ったファニーが経験した苦しみや痛みは、健常者には想像もできないものだったはずです。
それでも、彼女が歩んだ人生は暗闇ではなく、光であるキリストが共におられる人生でした。
後から振り返ると、それは「神の業が現れるため」の人生だったのかもしれません。