牧師ブログ

「再建の希望」

6第七の月の一日に、彼らは主に焼き尽くす献げ物をささげ始めた。しかし、主の神殿の基礎はまだ据えられていなかった。7彼らは石工と大工に銀貨を支払い、シドン人とティルス人に食べ物と飲み物と油を与え、ペルシア王キュロスの許しを得て、レバノンから海路ヤッファに杉材を運ばせていた。8エルサレムの神殿に帰った翌年の第二の月に、シェアルティエルの子ゼルバベルとヨツァダクの子イエシュアは彼らの他の兄弟たち、祭司とレビ人、および捕らわれの地からエルサレムに帰って来たすべての人と共に仕事に取りかかり、二十歳以上のレビ人を主の神殿の工事の指揮に当たらせた。9イエシュアもその子らと兄弟たち、カドミエルとその子ら、ホダウヤの子らと一緒になって、神殿の工事に携わる者を指揮することとなった。ヘナダドの子ら、およびその子らと兄弟たち、レビ人も同様であった。10建築作業に取りかかった者たちが神殿の基礎を据えると、祭服を身に着け、ラッパを持った祭司と、シンバルを持ったアサフの子らであるレビ人が立って、イスラエルの王ダビデの定めに従って主を賛美した。11彼らも「主は恵み深く、イスラエルに対する慈しみはとこしえに」と唱和して、主を賛美し、感謝した。主の神殿の基礎が据えられたので、民も皆、主を賛美し大きな叫び声をあげた。12昔の神殿を見たことのある多くの年取った祭司、レビ人、家長たちは、この神殿の基礎が据えられるのを見て大声をあげて泣き、また多くの者が喜びの叫び声をあげた。13人々は喜びの叫び声と民の泣く声を識別することができなかった。民の叫び声は非常に大きく、遠くまで響いたからである。(エズラ記3:6-13)

礼拝を取り上げられた民

信仰の共同体である教会にとって、最も大切なところはどこでしょうか?
それは、三位一体の神様を礼拝しているかどうかにあります。
教会の本質はこの「礼拝」にあるのであって、どれだけ慈善活動をしているのか、どのように宣教活動をしているかということは、二次的、三次的なことです。
とにかく、教会から礼拝が取り上げられてしまえば、それはもはや教会とは言えなくなるでしょう。

旧約時代のイスラエル(南ユダ)は、バビロン捕囚によって、礼拝が取り上げられるという憂き目にあった民族です。
エルサレムの神殿が破壊され、バビロンへと連れ去られていきました。
信仰共同体の中心である神殿が破壊されたことにより、イスラエル民族は神の民というアイデンティティを失う危機にさらされてしまったのです。

建て直してくださる神様

だからこそ、捕囚から帰還した後に、真っ先に行われたことは、神殿の再建工事でした。
その中心にいたのは、他ならぬ主なる神様でした。

神様がペルシアの王の心を動かして、捕囚の民がイスラエルに帰還するように導かれました。
神様が捕囚の民の心を動かして、祖国に帰還して、神殿を建て直したいという心を与えました。
バビロン捕囚からの解放とイスラエル再建の中心にいたのは、他ならぬ主なる神様でした。

神様はご自身の民を信仰の共同体として再建してくださったように、破壊されたものが建て直されるように、助け、導いてくださるお方です。
何かが破壊される時、そこには往々にして人間の罪というものがあります。
この世界は、人間の罪によって堕落し、あらゆるものが破壊される危険をはらんでいます。
神様は、そんな傷んだ世界とそこで悲しむ人々が再び建て直されることを願っておられるお方です。

あらゆる痛みと嘆きが響くこの世界にあって、主なる神様を見上げる時に、そこに回復の希望を見出すことができるのです。