牧師ブログ

「悲劇を通して」

絶望の時

エリヤが身を寄せていたやもめ(夫に先立たれた女性)に悲劇が襲いかかった。
彼女の一人息子が重病にかかり、死んでしまったのである。

このやもめにとって、この息子はどういう存在だったか?
どんな親にとっても、自分より先に子供が死んでしまうというのは、悲劇以外の何物でもないが、特にやもめだった彼女にとっては、ずっと辛いことだっただろう。

彼女にとって、この一人息子は残された人生の楽しみであり、生きる希望だった。
「全て」とも言える息子の死によって、彼女は生きる希望を失い、人生をどん底へと突き落されてしまった。

また、息子の死は彼女から将来の希望を奪っただけではなく、これまでの過去の不幸や労苦を思い出させることでもあっただろう。
やもめとして生きてきた期間というのは、本当に辛く厳しい境遇だったと思うが、彼女はそれを必死に耐え忍んで来た。
しかし、息子の死によってそういうものすべてが台無しになってしまったような感覚も覚えたことだろう。

つまり、やもめにとって息子の死というのは、過去の労苦を台無しに、将来を絶望させる悲劇であった。

それで彼女は、エリヤに対して「あなたはわたしにどんなかかわりがあるのでしょうか」と言いながら、怒りをもって責め立てた。
また、エリヤに「あなたはわたしに罪を思い起こさせ、息子を死なせるために来られたのか」と告げている言葉は、彼女が自分の罪を息子の死を結び合わせて考えていたことを表している。

もちろん、息子の死は彼女の罪に起因したものではなかったが、このやもめの言動は、何か悲劇が起こった時、人はそこに何か理由や原因を探したいということを表している。
理由も原因もわからない不条理で不可解な出来事というのは、人をただ絶望へと追いやるのである。

訴える叫び

エリヤがやもめから息子の死を知らされた時、やはりこの出来事はエリヤにとっても相当ショッキングなことだった。
それでエリヤは、死んだ息子を彼女から受け取り、家の上の階に運び、ベッドに寝かせた。
そしてエリヤは「主よ、わが神よ」と言いながら祈った。

「あなたはやもめに災いをもたらし、息子の命をお取りになるのですか。」
「この子の命を返してください。」

この場面で「主に向かって祈った」と書かれて言葉は「主に叫んだ(=cry)」という意味の言葉である。
エリヤの祈りは、神様に訴える叫びだったのである。

神様は、このエリヤの叫びを聞いておられた。

主は、エリヤの声に耳を傾け、その子の命を元にお返しになった。子供は生き返った。(列王記上17:22)

ここでも「エリヤの声」という言葉は「エリヤの叫び」と訳すことができる。
この時のエリヤの心境を想像してみると、エリヤの心を占めていたのはやもめと同じように「なぜ」という思いだっただろう。
息子の死というのは、やもめにとってはもちろんのこと、エリヤにとっても不条理で不可解な出来事だった。

その時エリヤは、神様に叫び祈った。
神様に訴える叫びが、奇跡を起こしたのである。

「今わたしはわかりました」

エリヤのように私たちも死人の前で祈れば、必ず生き返るのか?
もしそうでないとしたら、この話は私たちにどういう関わりがあるのだろうか?

息子が死んで生き返ったという話は単なる奇跡の物語ではない。
この物語の最後は、やもめの言葉で終わっている。

普通、死んだ息子が生き返ったとしたら冷静ではいられない。
「信じられない!エリヤさんありがとうございます〜(泣)」と言って、息子が生き返ったことに感激するだろうが、聖書にはそういうことは書かれていない。

やもめは生き返った息子を前にして、このように言った。

今わたしはわかりました。あなたはまことに神の人です。あなたの口にある主の言葉は真実です。(列王記上17:24)

やもめは、とても冷静に何かを悟ったように告白した。
やもめが言っていることは「エリヤの神、イスラエルの神は生きておられる」ということである。
やもめは生きておられる主に出会い、救われたのである。

息子の死という悲劇は最後、やもめの救いをもたらした。
どんな悲劇的な出来事であっても、絶望をもたらすことであっても、そこに神様がいるのであれば、悲劇は悲劇で終わらないし、絶望は絶望で終わらない。

預言者エリヤの働きで、一番初めに救われたのは異邦人の女性だった。
イスラエルの民からしたら、救いから最も遠いところにいたのが彼女のような異邦人の女性だった。
そのやもめが救われた出来事は、イスラエルの民にとっては、息子が死んで生き返ったこと以上に、もっと不条理で不可解なことだったかもしれない。

息子が死んで生き返った奇跡によって、やもめの救いという奇跡が起こったのである。
神様はこれまでも、またこれからも、救いを与えるために働かれる。
その過程に、悲劇が起こったとしても…。