2つの民族を切り裂いた700年の歴史
この時イエスは、ファリサイ派の人々から逃れるために、ユダヤ地方からガリラヤ地方へと向かおうとしていました。
ガリラヤ地方に行くためには、サマリアという地方を通らなければなりませんでした。
ユダヤとガリラヤの間にあるのが、サマリア地方です。
普通であれば、ただ「サマリアを通って行く」と言えばいいのですが、「しかし、サマリアを通らねばならなかった」とあるのはなぜでしょうか?
当時、ユダヤとサマリアというのは強い敵対関係にありました。
この対立は単なる民族問題ではなく、宗教や政治が複雑に絡んだ約700年に渡る歴史があります。
その発端は、旧約時代BC7世紀まで遡ります。
当時のイスラエルは、ダビデの子供であるソロモン王が死んだ後、南北二つ(北イスラエルと南ユダ)に分裂していました。
サマリアがある北イスラエルは、BC7世紀に、アッシリアという国に占領・支配されました。
当時、他国を支配する政策として移民政策というものが行われました。
自分たちの民族を支配した地域に送り、自分たちの血を支配した地域の人々に混ぜるものです。
アッシリアに支配されたサマリアにも、アッシリアから多くの移民がやってきました。
これによってサマリアには、もともとそこに住んでいたイスラエル人と、アッシリアから来たアッシリア人が住むようになり、この2つの民族の血が混ざっていき、サマリア人の祖先が形成されていきました。
南ユダの人々、つまり、純粋なイスラエル人の血を保つ人々にとって、これはあってはならないことでした。
イスラエル人というのは、自分たち民族の純粋性をとても大切に考えていました。
イスラエル人にとって他民族はすべて汚れた民族であり、異邦人の血が混ざっているサマリア人は、純粋なイスラエル人からしたら、民族の純粋性を失った汚れた民でした。
その後、宗教的な対立も起こります。
BC4世紀に、南ユダにおいて破壊されていたエルサレム神殿が建て直されることになりました。
この時、サマリア人たちは一緒に神殿を建てたいと思ったようですが、イスラエル人たちは純粋性を失ったサマリア人のことを拒絶しました。
これによって、サマリア人はゲリジム山というところに自分たちの神殿を建てて、神様に礼拝を捧げるようになりました。
こうして、イスラエルにはエルサレム神殿とサマリア神殿という二つの神殿が存在することになりましたが、イスラエル人はこのことをイスラエル民族及び、神に対する冒涜と受け取りました。
その後、紀元前2世紀にユダヤ人の王(ヨハネ・ヒルカノス)が、サマリア神殿へ破壊行為を行いました。
これによって、両者の対立は決定的なものとなり、お互いの憎悪がますます増していくことになりました。
こういう700年の歴史によって、ユダヤ人とサマリア人の間には、深い隔たりが生まれていたのです。
この世の壁を打ち破ったイエス
このことを踏まえて、今日の場面を詳しく見ていきたいと思います。
イエスがサマリアのシカルという町に来た時、そこで1人の女性と出会いました。
イエスが井戸のそばに座っていると、サマリア人の女性が井戸に水を汲みにやってきました。
イエスがその女性に「水を飲ませてください」と言うと、彼女は「ユダヤ人のあなたがサマリアの女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と不思議に思いました。
その理由は大きく2つあります。
1つは、先ほど説明したように、ユダヤ人であるイエスがサマリアに来て、個人的にサマリア人と関わりを持ったからです。
もう1つは、男性が公の場で個人的に女性と話したということにあります。
当時のユダヤでは、男性が公の場所で個人的に女性と話をすることは不適切なことだとされました。
もし、結婚している女性が外で男性と個人的に話しているところを、女性の夫が見つけたり、聞いたりした場合、それを理由に離婚することも許されていたそうです。
また、ユダヤ教の教えの中には「女と長く話す者は、災いを招く」というものもありました。
イエスがこの女性と話をしている時、弟子たちは食べ物を買うために町に行っていたようですが、買い物から戻ってきた時の様子について、このように記されています。
ちょうどそのとき、弟子たちが帰って来て、イエスが女の人と話をしておられるのに驚いた。しかし、「何か御用ですか」とか、「何をこの人と話しておられるのですか」と言う者はいなかった。(4:27)
このように、この場面でイエスはユダヤの常識を破り、タブーを犯してしまっているのです。
ただこれは、言い方を変えれば、壁を打ち破ったというように言うこともできます。
イエスが打ち破った壁の一つは、民族同士の壁です。
ユダヤ人とサマリア人の間にある700年に渡る敵対関係を打ち破りました。
4節の「しかし、サマリアを通らねばならなかった」という言葉を考えてみると、イエスはこの時、サマリアを通らず、他のユダヤ人のように回り道をしてガリラヤに行くこともできました。
しかし、イエスはサマリアを通らねばならなかったのです。
この言葉が意味していることは、サマリアを通ることは、イエスにとって「どうしても、しなければならなかったことだった」ということです。
ここにある「〜しなければならない」という言葉は「神の計画」を意味する言葉として聖書に出てきます。
つまり、イエスがサマリアを通ったことは、神様の救いの計画の中にあったということです。
当時ユダヤとサマリアは、宗教的に、政治的に対立し、深い溝がお互いの間にありました。しかし、イエスにとって救いというのは、民族の壁を越えるものでした。
救いということにおいては、壁は存在しないということです。
無力な私たちが見る現実
ここ1週間ほど、連日、アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃についてニュースで報道がなされています。
ここには、ユダヤ人とアラブ人という対立や、石油の利権、中東を安定的に支配したいアメリカの思惑など、いろんな事情が複雑に絡み合っていると思います。
ただ、いずれにしても民族同士の対立はどれだけ世界が発展し、時代が移り変わったとしても、どうしてもなくならないということだけは確かです。
昨日の夕方にやっていたTBSの報道特集という番組の中で、国際法の専門家の人が出て、解説をしていました。
その人は、この戦争は明らかに国際法違反であって、改めて国際法を再構築する必要があると語っていました。
もちろん、それはとても重要なことだと思いますが、話を聞きながら私が考えたことは、国際法という世界的なルールであっても、戦争を止めることはできなかったということです。
4年前から続いているロシアによるウクライナ侵攻も国際法違反でしょうし、今回もやはりそうです。
これは、法律は無意味だという極端な話ではなく、法律は市民生活を守るために必要不可欠なものであると同時に、限界もあるということです。
どんな法律によっても、民族の壁を越えることはなかなか難しいことです。
そうだとすれば、この世界の希望はどこにあるのでしょうか?
それは神様を知り、神様に委ねるところに、多くの壁を乗り越える可能性があるということです。
イエスの十字架は、憎悪や敵対心を打ち破ることができると信じています。
イエスは民族の壁、社会の常識を打ち破って、サマリア人の女性と出会いました。
これは救いということにおいては、どんな壁も存在しないことを表しています。
神様を礼拝するということにおいては、エルサレム神殿かサマリア神殿かは関係ないのです。
私たち人間はいろんな壁を作りながら、争いや対立を繰り返しています。
民族同士の敵対を見ながら、正直、何もできない自分に無力感を感じる部分もあります。
しかし、そういう社会を回復させるために、決定的に必要なことは、イエスによる赦しと和解だと信じています。
この社会にあって、地の塩であり、世の光である私たちは、どのように振る舞い、生きるのでしょうか?



