涙に暮れる時
イエス・キリストは死から復活しました。
復活したイエスに最初に出会った人物は誰だったでしょうか？
ヨハネによる福音書が伝えるところでは、マリアという女性です。
マリアというとイエスの母親のマリアを思い浮かべますが、この場合はイエスの弟子の一人だったマリアです。
マリアは、イエスが十字架で殺された時も、その後、墓に葬られる時も、ずっとイエスの側にいた女性でした。
マリアは、イエスが墓に葬られた後、遺体に防腐処理を施すために、安息日明けの日曜日の朝、イエスの墓を訪れました。
しかし、マリアが墓の中を覗くと、そこにはあるはずのイエスの遺体が消えてなくなっていました。
それでマリアは、本文の11節にあるように、墓の外に立って泣いていました。
マリアは、空になった墓を見ながら、誰かがイエスの遺体を奪い去ってしまったと思ったからです。
マリアはそこで泣くことしかできませんでした。
この時、マリアが流した涙には、いろんな感情が複雑に渦巻いていたのではないかと思います。
メシアとして信じて、従ってきた人が殺されてしまったことや、たとえ遺体であったとしても、もう一度会えると思っていたイエスが消えていなくなっていた戸惑い。
イエスのために、何もしてあげられなかったもどかしさや無力さ。
イエスを失ってしまったマリアの心には、こういった感情があったのだと想像します。
私たちにも、マリアのように、何か思いがけない出来事が起こった時、自分の期待が裏切られた時、涙が止まらなくなる瞬間があると思います。
私たちの人生には、突然、目の前が真っ暗になって、暗闇の中に放り出されたように感じる瞬間があります。
感動の再会
それでは、マリアが暗闇の中に置かれていた時、イエスはどこで何をしていたのでしょうか？
マリアが、後ろを振り返ってみると、一人の人がそこに立っていました。
実は、それがイエスだったのですが、マリアはその人のことをお墓を管理する園丁だと勘違いしました。
もしかしたら、泣きすぎてよく見えなかっただけかもしれないが、そうだとしても、マリアはまさか目の前にイエスが現れるとは思いもみなかったと思います。
その後イエスは「なぜ泣いているのか、誰を捜しているのか」とマリアに聞きましたが、その声を聞いても、マリアは目の前の人がイエスであるとは気づきませんでした。
それでは、マリアがイエスに気づいたのはいつだったでしょうか？
それは、イエスが「マリア」と呼びかける声を聞いた時でした。
「マリア」と呼ばれた時、マリアは振り向いて「ラボニ」と返しました。
「ラボニ」というのは、先生という意味で、マリアがイエスを呼ぶ時に使っていたものだったようです。
マリアははじめ、イエスの生身の姿を見ても、それがイエスであることには気づきませんでした。
マリアが生き返ったイエスと出会ったのは、「マリア」と呼びかけるイエスの声を聞いた時でした。
「マリア」という声を通して、マリアは復活したイエスに出会ったのです。
なにかドラマのような話です。
ただ、この後の展開が私たちの予想を裏切ってきます。
これは感動の場面です。
普通なら「マリア〜」「ラボニ〜」と呼び合いながら、久しぶりの再会を喜び合うのでしょう。
しかし、その後イエスがマリアに言った言葉が衝撃的です。
「私にすがりつくのはよしなさい。」
イエスがそう言ったということは、たぶんこの時マリアは、イエスに気づき「ラボニ」と言いながらイエスのことをハグしていたのではないかと思います。
でも、イエスは「マリア〜」ではなく「わたしにすがりつくのはよしなさい」と言われたのです。
すぐそばにいる
なぜイエスは、感動の再会の場面でそんなことを言われたのか？
せっかくの感動が冷めてしまう気もしますが、その理由について、イエスはその後に語っています。
イエスは「まだ父のもとへ上っていないのだから、わたしにすがりつくのはよしなさい」と言われました。
父のもとへ上るというのは、天に帰ること（昇天）です。
実際にイエスは、復活してから40日後、弟子たちの前で天に上げられていきました。
父のもとに帰っていきました。
イエスが天に帰るということは、地上に残される人々にとって何を意味するでしょうか？
それは、イエスが目に見えない存在になってしまうということです。
イエスはもうすぐしたら、自分が天に上り、人々の目には見えない存在になることを知っていました。
つまり、イエスが言った「わたしにすがりつくのはよしなさい」というのは「目に見えるわたしにすがりつくのはよしなさい」ということです。
だからこそ、イエスは「マリア」と呼びかける声で、マリアが自分のことに気づくようにされたのではないでしょうか。
目に見えるイエスではなく、イエスの声によって。
たとえ、イエスが目に見えなくなったとしても、イエスが語った言葉、その声は心に残り続けます。
目に見えるからイエスを信じるのではなく、目に見えなくてもイエスの声を聞いて、イエスを信じることができるのです。
イエスが昇天した後、復活したイエスの姿をこの目で見たことがある人は誰もいません。
目に見えないということで、イエスの存在がよくわからなくなる時もあるでしょう。
マリアも最初はそうでした。
イエスの姿を見ても、それがイエスだとは分かりませんでした。
すぐ側にいるイエスに気づかずに、涙に暮れていました。
しかしその時、実はすぐそばにイエスはおられたのです。
マリアは気づくことができませんでしたが、イエスはすぐ側に立っておられたのです。
私たちにも、イエスが感じられない時、側にいるイエスがわからない時、目の前が暗くなり、涙に暮れる時があるでしょう。
しかし、私たちにはわからなかったとしても、イエスはすぐそばにいてくださいます。
私たちの人生を共に生きてくださるお方、それがイエスなのです。
